ISO20121策定への背景
ISO(国際標準化機構)の発行するISO規格は、現在様々な分野で散見されるが、これをイベント産業にも適用しようという動きがある。ISO20121というもので、これは持続可能性を考慮したイベントマネジメントのISO規格であり、2012年6月に発行後、その年のロンドン五輪、2014年のサッカーW杯ブラジル大会、2016年のリオデジャネイロ五輪で適用される予定となっている。
ここでいう「持続可能性」とは何か。これはCSR(Corporate Social Responsibility)の考え方と関係している。CSRとは持続可能性と対になっており、本業を通して行なわれる必要があるのは周知のとおり。そしてISOとしては、社会的責任を持つ対象が企業だけに限らないという考え方から、CSRからCをとって「SR」(組織の社会的責任)という呼称を使い、昨年11月にISO26000が発行された(詳しくはhttp://iso26000.jsa.or.jp/contents/index.asp)。
いっぽう、一過性のものであることが多い「イベント」でもより社会に受け入れられるために、「SR」の考え方を取り入れ、社会的意義のあるイベントを継続的に実施する必要があるという考え方が広まってきた。そうした背景から、五輪やW杯といったビッグイベントが控えるイギリス、ブラジルが提案国となり、2009年秋より国際規格ISO20121の策定が始まった。ちなみに、2009年にデンマークにて行なわれた「COP15」では、ISO20121の前身である「BS8901」を会議の運営に役立て、第三者認証を取得している。同年に日本で行なわれた「COP10」も同様だ。机上だけではなく、すでにこうした動きは始まっているのだ。
ワーキンググループの様子
このISO20121の作業部会参加国は全部で31。これまで、1月の日本での会議を含め4回の作業部会を各国持ち回りで開催。そしてこの後、2011年11月にブラジル、サンパウロで承認段階であるFDIS登録を行なう会議を行ない、翌2012年1月にISO本部の承認を受け、2012年6月に発行される予定となっている。
日本国内でこの件の国内審議団体を務めているのは(社)日本イベント産業振興協会(JACE)。そして、27名からなる日本国国内審議委員会で、日本の考えをまとめ、国際会議が行なわれるごとに提案している。例えばこの審議委員会のメンバーのひとつである、高齢者、障害者のための生活用具などを扱う(財)日本共用品推進機構からの提言で、高齢者や障害者を重視したISOにしてほしいという提案を行なったという。ISO20121の本文は総論的なものとなるため、こうした各論についてはアネックス(付録)に明記されることとなったが、各国からそうした提案が1回の会議で500以上出てきて、文言も含めてそれらのすり合わせを数日で行なうというのが会議の主な内容だ。
ワーキンググループスケジュール
- 2009年10月:ロンドン
- 2010年4月:パリ
- 2010年10月:サンフランシスコ
- 2011年1月:東京
- 2011年11月:サンパウロ
- 2012年1月:ISO本部承認
- 2012年6月:発行予定
法律的な条文ではなく、あくまで枠組み
さて、このISO20121だが、実際にはどのようなものになるのだろうか。
「まず誤解してはいけないのが、このISO20121というのは何か条文が羅列され、それを一つひとつ遵守していくといったようなものではないということ。あくまでフレームワークであり、そのフレームワークにしたがって各組織が社内ルールを作りなさいよということなのです。右を向け、左を向けといった類のことは書いてありません。いわば正しい方向を向きなさいと書いてあるだけ。そういう大枠がISO20121なのです」((社)日本イベント産業振興協会 業務普及本部 越川延明氏)
細かいルールのもと、それをしっかり守りながらことを進めるというのは日本人の得意とするところだが、逆に大枠だけ示され、あとは自由にというのは苦手。しかし後者は少数派であり、やはり国際規格となると細かな規定よりも、ある程度各国のフリーハンドに任せたほうがそれぞれの国の事情に合った運営ができるということなのだろうか。
ISO自体が初期の頃と趣きが変わってきたという事情もあると越川氏は言う。もともとは品質保証やそのための証拠固めとして使われてきたが、環境系が始まった頃から、組織の自主性に任せる部分が増えてきた。今回でいえば、「持続可能性」というゴールがあり、イベントの主催者やサプライヤーがそれぞれの方法でゴールに向かう方法を取ってほしいということだ。
国際会議の議長であるフィオナ・ペラム氏らが出席し、日本での会議後に記者会見が行なわれたが、そこでの質疑応答で、「具体的な規定はどのようなものがあるのか」「守れなかった場合の罰則規定は?」などの質問が出たが(日本人的な感覚でいえば当然の疑問)、このISO20121はこうあるべきという、あくまで枠組みの話しであり、法律的な条文ではない。また、イベントの種類や規模で左右されるといった類のものでもなく、汎用性を持たせたものになるとのことだった。
この辺のことも含めて、今後必要となってくるのは、業界内でのさらなる周知ということになるだろう。
まずは、ISO20121とは何かを知ることから
そこでJACEでは、ホームページでの告知のほか、キャラバンとして全国をまわり、今回のISOの件を説明している。これまで札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡で開催した。
「みなさん関心があるのが“コストがかかるんだろう”ということ。第三者認証を取得しなければいけませんのでお金は確かにかかりますが、現在低負担な認証方式の採用を検討中です」(ISO/PC250/ワーキンググループ日本国国内審議委員会 太田正治事務局長)
他国は、こうした認証についてはほとんどコストがかからない。国内法を最優先する考え方で、国によってISOの認証の考え方が異なっているのだ。コストについてはISO20121の普及に直接的に関わってくることだけに、今後どのような対策が出てくるのか、注目したい部分であることは確か。しかしその前段階として、ISO20121とは何なのかということをまずは知ってもらいたいということ。五輪やサッカーW杯という大きなイベントでこれが適用されれば、今後はこのISOの認証がない限り、国際的なイベントを開催する資格がないとみなされる可能性が高いのだ。
「例えば国が大きなイベントを誘致するとした場合、日本のイベント業界はこのISOの件についてよく知らないのではないかと判断されれば、それが日本のイベントのイメージになってしまって、せっかくのイベントを他国に持っていかれることにもつながる可能性があります。ですから、認証するしないは別として、まずはこういったものがあるということを理解していく必要があると思います」(越川氏)
大きなイベントを日本に誘致しようというのは「MICE」(企業等の会議=Meeting、企業等の行なう報奨・研修旅行=(Incentive Travel、国際機関・団体、学会等が行う国際会議=Convention、イベント、展示会・見本市=Event/Exhibitionの頭文字のことで、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称)に代表されるよう国家戦略であり、これからはイベント産業の分野で国際競争力を高める必要性はさらに重視される。
2019年にはラグビーW杯の初の日本開催が決定しており、2020年の五輪の招致に前向きな姿勢を見せている都市もある。開催年が近くなるにしたがって、それに付随する各種イベントも開催されるだろう。ISO20121を知らないと、国際イベント開催に支障をきたしてしまう可能性が高いのだ。
「ロンドン五輪でこれが適用されれば、今後国際的なイベントを誘致する場合、『環境』『社会』『経済』の3本柱を考慮したマネジメントシステムなしの招致、運営は考えられなくなるでしょう」(太田氏)
したがって、まずはISO20121とは何なのかを今のうちによく知っておく必要があるだろう。
<ISO20121の3つの注目ポイント>
世界初の持続可能性を考慮したマネジメントシステム規格
ISO20121は、イベント産業界初の国際標準規格ということだけではなく、世界で初めて持続可能性を考慮したマネジメントシステムとしても注目されている。また、特定の業界に向けてマネジメントシステムの国際標準規格が策定されることはほとんどないため、他業界からもその動向に関心が集まるだろう。
オリンピック、ワールドカップでの活用を視野に入れた国際標準規格
ISO20121は持続可能性を考慮したイベントマネジメントのISO規格であり、2012年6月に発行後、その年のロンドン五輪、2014年のFIFAワールドカップブラジル大会、2016年のリオデジャネイロ五輪でも適用される予定となっている。
持続可能性の3本柱「環境」「社会」「経済」
イベント産業界では環境への影響をカバーする「グリーンイベント」が潮流となっている。ISO20121ではこれを踏まえ、「環境面、社会面、経済面への影響をバランスよく考慮すること」「ステークホルダーのニーズを重視すること」、問題解決には「サプライチェーンが一丸となって取り組む」ということが求められるようになった。
◆参考リンク:JACE ISOの扉ホームページ (※4月から普及版となる予定)
◆PDF資料:日本国内審議委員会メンバーリスト ,ISO20121策定作業部会メンバーリスト
(2011年1月19日(水) 鈴木隆文)