大阪に続き、東京・上野の森美術館で開催中の「ツタンカーメン展~黄金の秘宝と少年王の真実~」が話題だ。あまりの反響に会期を延長し、11月6日にはついに大阪・東京の総入場者数が160万人を突破。「モナ・リザ展」(1974年、150万人)を抜き、日本美術展史上、総入場者数が歴代4位に躍り出た。人々を魅了してやまないツタンカーメン展の全貌を一挙公開。
世界11都市で入場者数1000万人以上
47年ぶりのツタンカーメン展となった本展は、2004年スイス・バーゼルを皮切りに、世界11都市で1000万人以上という驚異的な入場者数を記録した巡回展のクロージング。エジプト政府による大々的な観光キャンペーンとはいえ、だからこそ、「エジプト考古学博物館選りすぐりの収蔵品が見られる」と、日本で監修を手掛けた廣田吉三郎氏(学術委員・エジプト学、以下同)は話す。「ツタンカーメンの王墓から発掘された副葬品だけでも50点。これにツタンカーメンが生きた新王国時代・第18王朝の収蔵品72点を合わせると、計122点もの至宝が来日しています。前回のツタンカーメン展が展示数45点だったことからも、これほど中身の濃い展覧会は過去に例がない」。122点のほとんどが日本初公開だが、中にはこれまで日本で開催されたエジプト展の“目玉”だった品も含まれる。「ツタンカーメン展ということで、今回“脇役”に回ってしまった展示品がいくつもある。それほど充実した展覧会です」
工芸品のマスターピースが多数来日
とりわけ素晴らしいのは、ツタンカーメンの王墓から発掘された副葬品の数々。本展のメインビジュアルにもなっているツタンカーメンの棺形カノポス容器(内臓を保管する器)をはじめ、王冠を被った2体のツタンカーメン像、ミイラが身にまとっていた襟飾り、儀式用の短剣、王の彫像を安置するための厨子とその台座など、黄金の品々が多数公開されている。王宮で使われていた装飾品や調度類も見逃せない。貴石や色ガラスを使ったアクセサリーや暗青色のガラス製枕、白い方解石を刻んだ化粧容器、青緑色のファイアンスの飾り板に金箔を張った木の象嵌細工のチェストなどが、今なお鮮やかな色彩を放っている。黄金をはじめ、貴重な素材を贅沢に使ったこれらの副葬品は非常に精巧で、「工芸品としてのマスターピース」と言えるものばかり。強大な国力を背景に、エジプト史上最も文化芸術が花開いた新王国時代の、贅を極めた王宮の暮らしが目に浮かぶようだ。
華やかなだけでなく、ツタンカーメンをより身近に感じられるのも、ゆかりの品が多い本展ならでは。子どもの頃に遊んだであろうゲーム盤や、王妃との仲睦まじい暮らしをレリーフに刻んだ黄金の厨子は、3300年前の少年王の生活を生き生きと伝えてくれる。特に、マネキンとして日常的に使用されたと推測されている木製の半身像は、柔和な顔立ちとふっくらした体系が印象的。「副葬品の中で、最もファラオに似せて作られた可能性がある」そうで、こちらも要チェックだ。
ツタンカーメンのものではないが、黄金のカノポスと並ぶ呼び物が、ツタンカーメンの曾祖母チュウヤの人型棺。王家の谷の64の墓の中で、ミイラが入っていた棺はこれとツタンカーメンのものだけという貴重な遺物で、保存状態もよい。木製の塑像に金箔を貼りつけた黄金の棺は、高さ約1m、幅約70cm、奥行2m以上と本展で最も大きく、圧倒的な存在感だ。金を使用したチュウヤのマスクも公開され、先の黄金製品と合わせて、黄金に彩られた「ツタンカーメン展」のイメージにたがわぬ展示となっている。
科学的視点で古代のミステリーに迫る
考古学的・美術史的に貴重な展示品を一堂に集めた上、世界的なエジプト考古学者、ザヒ・ハワス博士の監修により、科学的な視点が加わった。ザヒ博士はCTスキャンやDNA鑑定などの医学的調査により、これまで謎とされていた、ツタンカーメン王の健康状態、死因、死亡年齢、親子関係などを解明することに成功。その成果が「王家の家系図」としてパネルで紹介され、はるか古代のミステリーに迫る画期的な展覧会となっている。「各国を巡回している間に調査が行われたので、本展では最新の研究成果が展示されている。これまで歴史家が組み立てた仮説とはまったく違う、非常に興味深い学説が紹介されています」
王墓発見の瞬間を追体験
ツタンカーメンの王墓は1922年、イギリス人考古学者ハワード・カーターの執念によって発掘、“20世紀最大の発見”と言われ、世界を熱狂の渦に巻き込んだ。その軌跡をたどるように、「情熱(Passion)」と「発見(Discovery)」をコンセプトに、会場は6つのエリアにゾーニングされている。前半は「Ⅰ ツタンカーメンの世界(新王国時代とは)」「Ⅱ 古代エジプト人 スピリチュアル・ワールド」「Ⅲ ツタンカーメンのミステリー」で、第18王朝の作品を展示。後半は「Ⅳ 世紀の発見ツタンカーメン王墓」「Ⅴ ツタンカーメンの真実」「Ⅵ 黄金のファラオたち」で、ツタンカーメンの王墓から出土した副葬品を紹介している。東京会場は構造上の都合から、前半を1階、後半を2階に配置した。
会場を歩いて感じるのは、古代エジプトを旅しているような臨場感。ⅠとⅡのゾーンでは、第18王朝の雰囲気を出すため、廣田氏自ら歴代のファラオの王墓に描かれた壁画を再現。続くⅢでは、ツタンカーメンが生まれ育った都市・アマルナの美術様式にこだわり、アマルナ様式の柱まで作成して室内をデコレーションした。細部に亘って作り込まれた空間に、当時の副葬品が違和感なく溶け込んでいる。これらのゾーンでは白を基調にした明るめの空間が続くが、最後に現れるのは漆黒の小スペース。玄室を模した空間にチュウヤの黄金の棺が展示され、神秘的なムードが漂う。
後半の2階フロアはさらに胸が高鳴る。調度品を収めた前室からミイラを安置した玄室へと続く王墓の構造に倣って、照明を絞った室内に、「次第に黄金の割合が高くなっていく」ように展示品を配置。カーターが王墓に足を踏み入れた時の感激を、追体験できるようなエリアとなっている。本展のハイライト、玄室の壁画を複写した空間に黄金のカノポスが輝く様は圧巻だ。また、展示内容に合わせ、階段や2階フロアのあちこちに王墓が発掘された時の様子を伝える写真パネルを掲示。フロアの入り口を墳墓風にデコレーションして、1階から2階へと、王墓へ入るときの雰囲気を演出した。
入場者を驚かせる演出はほかにもある。導入部にあたるシアタールームは、歴史ロマンをかきたてるような約3分のイメージ映像が終了すると、ドアが開いて次の部屋へ進むアトラクションのような仕掛け。ドアの向こうで、最初の展示であるツタンカーメンの彫像が出迎えてくれるという趣向だ。フジテレビジョンをオーガナイザーに加え、「通常の展示会より、ビジュアルに力を入れている」のも特色で、コーナーごとにイメージ映像を上映し、音楽とともにオリエンタルなムードを演出。アクセサリーの拡大映像が見られるコーナーも用意した。
展示品の安全管理と混雑緩和を徹底
貴重な“人類の遺産”を展示するにあたり、最大限の注意を払ったのは、その取り扱いだ。安全性を最優先し、背後に鏡を立てた展示は2カ所のみ。傾斜をつけての展示も極力少なくした。また、ケース内の温度が上がらないように照明はすべてLEDを使用。温度と湿度の管理を徹底している。夏場は入場者の体温で室内の気温が上昇し、温度管理に苦労したそうだ。
大阪で93万人超を動員した本展は、東京でも最大5時間待ちという反響で、混雑緩和も大きな課題だった。臨時チケット売場を開設したり、時間指定の入場整理券を配布して、整列場所も用意している。会場には独立ケースをおかずに、動線を確保。発掘の様子を伝える写真パネルでは、人の流れが滞らないようにテキストは一切省略した。さらに、公式ホームページに各時間帯の混雑状況が一目でわかる10日分のカレンダーを掲載、端末に整理券配布状況や待ち時間などの情報をリアルタイムで配信するサービスも導入している。
絶大な人気を放つ「ツカンターメン」
国内の美術展史上、総入場者数1位は、1965年に東京・福岡・京都の3都市を周り、センセーションを巻き起こしたツタンカーメン展の295万人。今回、会期が来年1月まであるため、3位の「国宝 阿修羅展」(2009年、165万人)、2位の「ミロのヴィーナス展」(1964年、172万人)を抜くのは確実で、1位・2位を「ツタンカーメン展」が独占することになる。半世紀を経てなお、揺るぎない人気を見せつけた格好だ。
本展の人気について、廣田氏はこう分析する。「47年前の『ツタンカーメン展』は非常に衝撃的で、社会現象化していた。あの時見られなかった、あるいは見たという人が『ひと目見ておきたい』と来場しているのでは。年配層に加え、親子連れも多いが、上の世代が下の世代に観覧を勧めていることも考えられる。エジプト展は珍しくないけれど、『ツタンカーメン展』はそれほど特別な展覧会。そこに、エジプトを題材にした長寿マンガやメディアの影響などが絡んで、一種のブームになっているのだと思います」
複数のテレビ番組での紹介、人気タレントを起用したテレビコマーシャルやセレモニー、交通広告などの露出が、入場者数を後押ししていることは確かだろう。しかし、それ以前に「ツタンカーメン」そのものが、絶大な集客力を持つことは間違いない。
ところが、この「ツタンカーメン展」、本展が日本で見られる最後の機会となる可能性が高い。エジプトの政治状況に加え、カイロに2015年開業予定の新美術館が建設中で、その最大の呼び物となるツタンカーメンの遺物は貸し出されないだろうというのが専門筋の推測だ。「これが最後かもしれない」というレア感が、さらに多くの入場者を呼び込みそうだ。
(2012年11月8日(木) 安江めぐみ)
※PhotographsⓒSandro Vannini
【東京展概要】
会期 8月4日(土)~2013年1月20日(日)
開館時間 平日9:30~18:00/土日祝9:00~18:00(最終入場17:00)
会場 上野の森美術館
料金
観覧料(税込) | 一般 | 高校生 | 小・中学生 | |
当日券 | 平日 | 2,700円 | 1,800円 | 1,400円 |
土日祝 | 3,000円 | 2,100円 | 1,700円 |
※未就学児童は無料
※障害者手帳(身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳等)所持者は有料。付き添い1名まで無料
主催 フジテレビジョン/関西テレビ放送/産経新聞社/キョードー東京/ぴあ/ツタンカーメン展実行委員会
後援 エジプト考古最高会議/エジプト観光省/駐日エジプト大使館/外務省/文化庁/北海道文化放送/めんこいテレビ/仙台放送/秋田テレビ/さくらんぼテレビ/福島テレビ/NST/長野放送/テレビ静岡/富山テレビ放送/上野の森美術館
特別協賛 桧家グループ
協賛 エイチ・アイ・エス
協力 特定非営利活動法人イシス・コミッティ/エジプト航空/扶桑社/ニッポン放送/文化放送/サンケイリビング新聞社
監修 ザヒ・ハワス博士(元エジプト考古大臣)
展示協力 エジプト考古学博物館
海外の巡回都市 スイス(バーゼル)/ドイツ(ボン)/アメリカ(ロサンゼルス・フロリダ・シカゴ・フィラデルフィア・ダラス・サンフランシスコ・ニューヨーク)/イギリス(ロンドン)/オーストラリア(メルボルン)
公式図録 2,500円、5,000円(ハードカバー版、DVD付) ※監修:ザヒ・ハワス博士
URL http://kingtut.jp
【大阪展概要】 ※終了
会期 3月17日(土)~7月16日(月・祝)
開館時間 平日9:30~18:00(最終入場は17:00まで)/土日祝9:00~19:00(最終入場は18:00まで)
会場 大阪天保山特設ギャラリー(海遊館となり)
※PhotographsⓒSandro Vannini