HOME >  コラム・特集 >  特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人
コラム・特集

特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人

国立科学博物館で特別展「深海」が始まった。深海ブームを追い風に、初日で約7,000人を動員し、滑り出し好調だ。会場に足を踏み入れれば、今年大きな話題となった巨大ダイオウイカの標本をはじめ、有人潜水調査船「しんかい6500」の実物大模型、数百点もの深海生物の標本を集めた「深海生物図鑑」など、多彩な資料群が謎に満ちた深海の世界へ誘う。展示数約600点というスケールで開催された本展を潜行レポート。

人類の挑戦の歩みと深海生物の多様な生態を紹介
特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人

第2章の「しんかい6500」の実物大模型。コックピットの内部も公開されている

本展は「第1章 深海の世界」「第2章 深海に挑む」「第3章 深海生物図鑑」「第4章 深海に生きる」「第5章 深海への適応」「第6章 深海シアター」「第7章 深海の開発と未来」の7部構成。暗黒・高圧・低温の深海の探査に挑戦してきた人類の歩みと、過酷な環境に適応した生きものたちの多様な生態を軸に、知られざる深海の世界を紹介している。
会場を歩いてみよう。エレベータを下り、青い照明や壁紙で演出された第1会場へ。マッコウクジラの群れが泳ぐループ映像を過ぎると、いよいよ展示がスタートする。第1章では、水深200メートルを超える深海の基礎知識を紹介。高い水圧で破壊されたチタン合金製の耐圧穀(コックピット)や窓越しに深さと水温の違いを触って体感できるコーナーなど、「見て」「触れて」わかりやすい展示が特徴だ。コーナーを曲がって第2章では、海洋研究開発機構が保有する潜航最大深度6,500mの有人潜水調査船「しんかい6500」の実物大模型が登場。全長10m弱の模型は強烈なインパクト。さらにその周りを様々な調査船・探査機の実物や模型が取り囲み、日本の海洋調査の歴史をリアルにたどることができる。
第3章から第5章までは生物の多様性に焦点を当てた。国立科学博物館が20年にわたって実施してきた日本海周辺での深海動物相調査の成果を集約したのが第3章。円形の空間には、大型生物の標本を囲んで深海生物の標本が分類群別に展示され、そのユニークな姿形が一望できる。深海生物が生きて動いている時の貴重な映像も添えた。4章では砂漠のような超深海底や熱水が湧き出る熱水噴出孔など、様々な環境に生きる生物の生態を標本やパネルで紹介。5章では世界最大の無脊椎動物、ダイオウイカの全長約5mの標本と模型、天敵のマッコウクジラの実物大模型を向かい合わせで展示し、深海のダイナミックな世界を再現。また、巨大化や発光など、深海で生物が生き抜くための体のメカニズムを標本展示とともに解説している。
ダイオウイカといえば、今年1月、NHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」で深海での撮影に成功した動画が放送され、国内外に大きな反響を呼び起こした。6章ではこの「深海の超巨大イカ」をダイジェストにして上映。深海の世界が臨場感たっぷりに体感できる。
第7章のある第2会場は水色を基調とした明るい空間。深海生物を使って作られる身近な料理や医薬品、レアメタルなどの開発が期待される鉱物資源を展示し、深海の可能性と未来への課題を提示している。

巨大ダイオウイカも間近で観察。5社共同主催による充実の内容
特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人

目玉のひとつである第5章の全長約5mのダイオウイカの標本

映像を含めて見どころが多く、「章ごとに驚きがある」というのが観覧後の感想だ。主催団体のひとつ、読売新聞東京本社の川村康則氏(事業局事業開発部、以下同)は、「『しんかい6500』、深海生物図鑑、ダイオウイカ、そしてシアターと、いい“山”が作れた」と話す。
そもそも本展は、国立科学博物館の窪寺恒己博士(標本資料センター コレクションディレクター、分子生物多様性研究資料センター長)が、同館の海洋動物相調査の成果を紹介しようと温めていた企画で、第3章の深海生物図鑑が核。「深海を総合的に見せるためには深海調査の最先端を行く海洋研究開発機構の協力が必要だという窪寺先生の意向で、同機構に協力を要請。さらに、番組の中で窪寺博士と深海調査に取り組んできたNHKグループの協力も得られることになりました」。各社の共同開催により、当初の構想からいっそう充実した展覧会が実現したと言える。
携わった専門家はおよそ30人。膨大な資料数、そのほとんどが壊れやすい液浸標本の展示ということもあって、「これまで手掛けた特別展の何倍もの作業量」だった。見どころの展示も苦労の賜物だ。「しんかい6500」の模型はそのままでは会場に搬入できず、解体業者を探すところから始まって、解体・輸送・組立を経てようやく展示に漕ぎ着けることができた。第2章のその他の展示についても、夏の展覧会シーズンに海洋研究開発機構が所蔵するほとんどの資料を集められたのは、同機構の全面協力があったからだ。
じつは、第5章のダイオウイカの標本も、当初の構想には入っていなかった。「窪寺先生が世界で初めてダイオウイカの動画撮影に成功した方であることから、ぜひにとお願いして展示が実現。国立科学博物館が所有する標本の中から状態が良く、特徴の触腕がしっかりしている標本を展示しています」。見せ方やポーズを決めたり、ケースの制作に半年近くを費やしたというダイオウイカは、展示コーナーを入ってすぐ右手の水槽に長々と横たわっている。バレーボールほどもある目や巨大な吸盤は必見だ。

圧倒的な展示点数で見せる深海生物の多様性
特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人

約380点もの深海生物の標本を集めた第3章の深海生物図鑑

多彩な展示に驚かされる一方、内容そのものは非常に堅実な展覧会という印象。特に、基本テーマである深海の生物たちの多様性がよく伝わってきた。「理屈抜きでどんな生きものがいるのかということを数で見せたいというのが、当初からの構想でした。そこで、第3章は詳しい解説はなるべく省略して、選りすぐりの生物標本約380点を一堂に展示。その生態については第4章・第5章で解説しています」。
個体の特徴が引き立つ美しい見せ方にもこだわった。「生物標本は保管庫にあった標本を別の瓶に移し換え、標本を固定する青や白の展示用の板で見栄えをよくするなど、担当の先生方が一番きれいな見せ方に心血を注いで展示したものです。運搬の途中で壊れてしまう標本もあり、非常な苦労を伴いましたが、演出がどうこうではなく、『展示物をきれいに並べる』という基本的なことに注力しました」。形・大きさに様々なバリエーションがある生物標本が並んだ様は圧巻。標本の美しさがインパクトをいっそう高め、「多様性」という言葉が肌で実感できる。このゾーンでは、足を止めてじっくり眺めている人も多いと聞いた。
会期が夏休みと重なることもあり、ファミリー層を意識した工夫も凝らしている。展示ケースの位置を子どもたちの身長に合わせて低めに設定。クイズ入りの音声ガイドを導入したり、解説パネルの周囲に深海生物のキャラクターを登場させるなど、子どもたちが楽しめる展覧会を心掛けた。このキャラクターは各コーナーの展示内容に沿った質問付き。噛み砕いているとはいえ、アカデミックな本展の解説パネルは子どもには難しい。クイズ形式にすることで、子どもたちの関心を掻き立てるという作戦だ。

本展の中身の濃さは公式図録(B5変形判・全179ページ・1,800円)にも反映された。各章の展示についてより詳細な解説が加えられ、「第3章 深海生物図鑑」では深海生物がフルカラーで収められているなど、まるで図鑑のようなボリューム。観覧後もこれを手に取れば、いっそう深海への興味がそそられるはずだ。

深海ブーム反映し、20~30代のカップルが多数来場
特別展「深海」がスタート 深海ブーム追い風に初日で約7,000人

物販会場ではNHKスペシャルの関連商品を中心にバラエティに富んだアイテムを販売

1月放送の「深海の超巨大イカ」は16.8%の高視聴率を記録した。注目度の高さから、本展でもメインビジュアルに番組で公開されたダイオウイカの画像を使用。放送時期と合わせて会期の半年ほど前から公式サイト・ツイッターを開設し、公式ツイッターのツイート数は会期直前にすでに1万件以上に上った。「NHK番組と連動させたプロモーションによって、番組の口コミが展覧会の口コミにつながったのでは」。
この他、深海関連の番組やイベントも目白押し。7月下旬にはNHKスペシャルで深海の巨大生物をテーマにした番組が2夜連続で放送され、8月下旬には「深海の超巨大イカ」の全国ロードショーがスタートする。NHKでは会期前から深海関連のイベントを開催してきたが、会期に合わせて東京ミッドタウンで高さ約15mの巨大ダイオウイカのプロジェクションマッピングを実施。こうした動きによって、本展への注目がさらに高まりそうだ。

ダイオウイカ人気に加え、もうひとつ見逃せないのが昨今の深海ブームだ。初日だけで約7,000人と主催者の予想を超える大反響。しかも来場者層の大半は想定されたファミリー層を抑えて、若いカップルを含む20~30代が圧倒的だという。「“深海”の持つイメージや夏というタイミングから、水族館へデートに行くような感覚で来ていただいているのでは。蓋を開けるまでわからなかったことですが、カップルが多いことで、深海ブームが起きていることを実感しました。特定のジャンルに絞らず、『深海』という大きな括りで開催したので、潜在的な深海ファンの関心を呼んだとも言えるでしょう」
会期直前、「しんかい6500」の深海調査の様子がニコニコ生放送でインターネット中継され、番組ページに延べ30万以上が来場、50万以上のコメント数が寄せられたことも、確かな深海ブームを感じさせる。これから夏本番を迎え、想定していたファミリー層が増加するのは必至。今夏の猛暑もあり、冷んやりした深海のイメージはますます多くの来場者を引き付けそうだ。

(2013年7月5日(金)内覧会・11日(木) 安江めぐみ)

 

名称:特別展「深海-挑戦の歩みと驚異の生きものたち-」
会期:2013年7月6日(土)~10月6日(日)
会場:国立科学博物館 (東京・上野公園)
開館時間:午前9時~午後5時 ※金曜日は午後8時まで ※入館は各閉館時刻の30分前まで
【夏休み特別開館延長:8月10日(土)~18日(日) 午前9時~午後6時 ※8月16日(金)は午後8時まで ※入館は各閉館時刻の30分前まで】
休館日:7月8日(月)・16日(火)、9月2日(月)・9日(月)・17日(火)・24日(火)・30日(月)
主催:国立科学博物館、海洋研究開発機構、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
後援:文部科学省、公益社団法人 日本動物園水族館協会
協賛:みずほ銀行、光村印刷
機材協力:KOI
監修:窪寺恒己(国立科学博物館 標本資料センター コレクションディレクター、分子生物多様性研究資料センター長) 、藤倉克則(海洋研究開発機構 海洋・極限環境生物圏領域 チームリーダー)
入場料:
前売/一般・大学生1,300円、小・中・高校生500円、ダイオウイカストラップ付前売券(限定3,000枚)1,500円 ※終了
当日/一般・大学生1,500円(1,300円)、小・中・高校生600円(500円)、金曜限定ペア得ナイト券2,000円(男女問わず2名同時入場、17:00~20:00 ※最終入場は19:30まで、会場での当日販売のみ) ※( )内は各20名以上の団体料金
チケット販売窓口:チケットぴあ、ローソンチケット、セブン‐イレブン、イープラス ほか、主要プレイガイド
URL:http://deep-sea.jp/