スポーツや演劇、コンサートなど、映画以外のコンテンツの上映「ODS(other digital stuff/other digital source)」に取り組む映画館が急増している。新規参入が相次ぐ中、コンテンツの充実を加速化させているのが、今夏、ワーナー・マイカルとイオンシネマズの経営統合によって誕生したイオンエンターテインメントだ。この8月からKDDIと提携して音楽ライブの中継サービスを開始。さらに、ODSの枠を超えて映画館でのリアルライブやシアターレンタルにも着手している。イベント会場としても用途が広がるイオンシネマ最大の特長は74劇場、609スクリーンというスケールメリット。各エリアを中継でつないでの大型イベントまで自在に展開できる。合わせて魅力的なのが、大型のショッピングセンター(SC)に併設した立地環境。スクリーンからロビーまで劇場をまるごと広告媒体として使用することはもちろん、SCの売り場と連動した広告展開も可能だ。イオンシネマの現在、そしてこれからの活用方法について、イオンエンターテインメント株式会社 営業本部の衣川雅文氏(営業部 次長 兼 広告営業課 課長)に伺った。
身近な映画館で気軽にライブを楽しむ
――まずはODS事業のアウトラインをお聞かせください
弊社の前身であるワーナー・マイカルがODSに本格的に取り組み始めたのは2010年ぐらいからです。その背景にあるのが、上映システムのデジタル化です。コンテンツ素材のフィルム変換が不要になり、上映の変換コストが大幅に下がったため、映画以外のコンテンツをより簡単に上映できるようになりました。ジャンルはスポーツ、音楽、演劇、落語など様々で、昨年度は120本ぐらいのタイトルを上映しました。中には実際の興行イベントとの差別化として、収録したプロレスの試合映像を3DでODS上映する「ワールドプロレスリング3D」のような例もあります。
――イオンシネマのお客様というと、ファミリー層がターゲットでしょうか?
併設しているSCのボリュームゾーンであるファミリー層は、そのまま映画館の客層につながりますが、作品、コンテンツによって客層は様々です。また、立地によってはニューファミリーが多いエリアやシニア率が高いエリアなどもあります。ODSにはもちろん、普段映画館で映画をご覧にならないお客様を劇場に呼び込みたいという狙いもあります。映画館では映画以外にも面白いものが見られるということを、より多くの方に知っていただきたい。また、劇場に来れば映画の情報も手に入るので、次回は映画鑑賞を目的に来ていただければと期待しています。
――最近の話題作にはどんなものがありますか?
昨年は英国ロイヤル・バレエ団の公演を収録したコンテンツと英国での公演中継をあわせて全8回、毎月1回のペースで他社を含めて計32館で上映し、非常に好評でした。バレエのライブビューイングを単発上映した事例はありましたが、定期的に、しかも英国ロイヤルという世界トップクラスのバレエ団の公演を上映したことには大きな意味があります。時差の関係上、生中継だと真夜中になってしまうため、収録した映像を翌日の夕方から上映するディレイライブ方式で実施しました。前日ロンドンで開催されたばかりの公演が映画館で観られるというのは、バレエファンにとってすごく嬉しいことだったようです。企画構成上、カメラが舞台裏まで入って撮影していたので、通常の公演では見られない部分まで上映され、ダンサーの表情や細かい表現が観られる上、臨場感があってすごく良かったという感想を多数いただきました。
――バレエファンというと限定されているイメージがありますが
じつは開催前はどのくらいお客様がいらっしゃるのか不安でしたが、回を重ねるごとに動員数が増えていきました。日本は意外とバレエ人口が多くて、ほとんどのお客様が娘さんにバレエを習わせている、あるいは習わせたいというお母様方、また、大人になってからレッスンを始めた、あるいは昔やっていたという女性たちです。こうした、バレエに興味はあるけれど、ライブ公演までは見に行かないというライトなバレエファンの方たちが、身近な映画館で気軽に本格的バレエ公演を観られるのが、ODSの大きな魅力だと思います。
――映画館の固定客以外が大勢、足を運ばれたということですね
はい。プロレスにしろ、ODSはある意味ニッチなカテゴリーに合っているのかもしれません。
――ODSの最近の傾向を教えてください
コンテンツがさらに多様化しています。今夏はKDDIと協力して音楽ライブビューイング事業「Live’Spot(ライブスポット)」をスタート。JUJUさんによるジャズパフォーマンス(8月15日、全国60館)を皮切りに、人気アーティストのライブを定期的に配信していきます。また、夏休み特別企画「JAXAイプシロンロケット打ち上げ」を全74劇場、入場無料でライブビューイングします。ロケットの打ち上げ日はスムーズに日程が決まらず、正確な打ち上げ時間も直前になるまでわかりません。また、整備の調子や天候によっては打ち上げが延期・中止になる可能性もあり、場合によってはスケジュール変更に対応しなければならないので、弊社としても本当にチャレンジな企画となります。しかし、夏休みという時期でもあり、地域貢献、地域の情報文化発信基地となることを目指している弊社として、このライブビューイングに挑戦することにしました。総座席数は約10,000人で、ライブビューイングではこれまでで最大の規模になります。
――コンテンツホルダーにとって、ODSのメリットとは?
テレビ局や美術館などの文化施設には、お披露目する機会がなくて、眠ったままになっている映像アーカイブがたくさんあります。それらを改めて様々な切り口でパブリックに上映するということは、コンテンツホルダーにとっても、映画館にとっても、もちろんお客様にとっても面白い試みだと思います。同じ映像でも大スクリーンでご覧いただく方が細かい部分を観られたり、迫力を感じていただけるのではないでしょうか。デジタル化によって、テレビコンテンツを映画化という流れも出てきたようです。
音響・大スクリーンを生かしたリアルライブの場へ
――「イオンシネマ」となったことで、新しい展開はありますか?
大スクリーンでの映像や5・1chデジタルサラウンドシステムをフル活用するなど、映画館ならではの付加価値を加えつつ、アーティストが生で公演するリアルライブにも力を入れています。これは中継もしくは収録したコンテンツを上映するODSとはまったく異なる新しい試みです。音楽ライブ、楽器の演奏会の他、ダンス、マジック等々のエンターテイメントショー、えほんのよみきかせ、キャラクターイベントといった子育て世代向け企画など、ジャンルは様々。例えば、えほんのよみきかせは、株式会社カジタク様(家事代行業)と共同で劇場ロビーに設置する主婦向けサービスカウンター「ママコンシェルジェ」(9月中旬~、イオンシネマ板橋)で、子育て中のママ向けに家事のアドバイスと合わせて開催するイベントの一つです。また、こうしたイベントだけでなく、結婚式や企業セミナーなどへのシアターレンタルも行っています。
――リアルライブ・シアターレンタルへの反響はいかがですか?
この新規事業は非常に好評をいただいており、今年度の売り上げは昨年の約2倍を見込んでいます。やはり、大スクリーンでの映像は大きな魅力であり、他施設との差別化につながっています。例えば、電子楽器メーカーのローランド様が運営されている音楽スクールの演奏発表会では、5台の定点カメラで演奏者の表情、テクニック(手・足の動き)、パフォーマンスを撮影し、大スクリーンに上映しています。映画同様のクオリティーで大スクリーンに映し出されることで演奏者の意識が変わり、よりドレッシー、よりお洒落に衣装が変化していきました。これは演奏者が、大スクリーンに映し出されることを特別な体験・価値としてとらえ、ご自身で変わっていかれた結果です。特に親御さんからは、お子様の発表会の記念映像として大好評をいただいております。弊社も大スクリーンの価値を再認識しているところです。
――セミナーやカンファレンスなど、空間レンタルとして大きな可能性がありそうですね
今秋は結婚情報サイト「みんなのウエディング」様と共同で、同社のウエディングプランナーが携わり、みなとみらいの劇場で結婚式「シネ婚」を開催します。結婚式のプログラムの一部として劇場をお貸ししたことはありましたが、ゼロから式をプロデュースするのは初めての試みです。みなとみらいはロケーションのいいカフェもあり、劇場をデコレーションしてバージンロードのように演出することも可能なので、できるだけカップルのご希望に対応したいと思います。ご本人たちがどういう形でシネコンを活用されるのか、弊社も楽しみにしております。
――BtoCの事例が増えているのですか?
最近ではご家族のためのサプライズパーティーやプロポーズなど、ホームページをご覧になった個人のお客様からもオーダーをいただき、BtoBからBtoCへとクライアントの幅が拡大してきました。少しずつですが映画館を映画以外で活用するという取り組みが浸透してきている気がします。弊社ではキャパシティ・使用時間・地域などに応じてレンタル料金を設定。料金は企業も一般も同じで、これをホームページで公開しています(http://www.aeoncinema.com/theater_rental/)。シアターレンタルについては以前からお問い合わせをいただいておりましたが、料金が明確になったことで、よりご利用しやすくなったのではないでしょうか。
シネコン業界トップの劇場数とSCとの相互送客というメリット
――ずばり、御社の強みとは?
まずはスケールメリットです。2社の統合によって、劇場数は61から74へ拡大し、スクリーン数は609と業界トップになりました。また、そのうちほぼ9割がイオンのSCに入店しているので、母店やグループ企業との連動、シナジー効果が期待できます。相互送客を意識し、ほとんどの劇場がSCの飲食店や室内遊技場(ゲームセンター)で映画館のチケット半券を提示すると、何らかのサービスが受けられるという特典を設けています。書籍を原作にした映画が公開される場合、母店の書店売場にて原作本の横に作品告知、上映スケジュールの情報を掲出させていただくことがあります。また、チラシ・ポスター、作品トレーラーなどのインシアター・プロモーションはもちろん、母店のパブリックスペースや各テナント様に協力していただき、母店内での告知を非常に意識しています。映画館とSCでは来場客数が圧倒的に違うので、双方を抑えるという形です。この他、イオンシネマのウエブサイト、モバイル会員へのメール配信なども活用できます。
――他社との差別化はどのように意識されていますか?
都心の駅近に多いシネコンとは違い、ローカルエリアに多いイオンシネマは圧倒的にファミリー層が多く、様々な年齢層に向けて、幅広く作品を上映できます。また、独立した興行会社ということもあり、ODSやイベントなどいろいろな試みにチャレンジしています。
――イベントとの連動は可能でしょうか?
母店で車両展示のプロモーションを実施しているタイミングで、映画館ではその告知を兼ねたシネアドCMを上映して連動する場合があります。また映画作品に関連したイベント企画を母店のパブリックスペースで行い、SCの顧客サービスにつながるようなキャンペーンを行うこともあります。
複数のタッチポイントでシネアドから売場へ誘導
――シアタープロモーションにも力を入れていらっしゃいますね
デジタル化という技術革新はシアタープロモーション(広告)の展開にも大きく影響しました。弊社の劇場立地はローカルエリアに多くあるため、そのロケーションを生かし、地元の企業様、広告代理店様へのディストリビューション開発に力を注ぎました。デジタル化による広告素材のコストが下がったことも重なり、地方の行政機関、個人事業主からも広告出稿していただけるようになり、取引先も拡大しました。
――好評の理由はどこにあるのでしょうか?
シネアドCMは、映画を観ようする“ポジティブかつ集中した心理状態”の中で広告を視聴するため、「五感」を独占する、広告到達点の高い特異なメディアです。在宅環境下で見るテレビCMと違い、映画館はすでにお客様が外出しているアクティブな状況にあるので、スクリーン広告で商品情報をインプット、興味を持っていただき、併設している母店内に店舗があれば、お帰りの際に立ち寄っていただけるという売場直結による、高いリセンシー効果も期待できます。実際、母店(店舗)を含めた「クロスプロモーション」をご提案させていただいております。映画館を利用するお客様に対し、まずは来場者が最初に訪れるチケット売場にて「サンプリング」を実施、映画を鑑賞する前のスクリーン広告で動画による情報訴求、鑑賞後のロビーにてタッチ&トライやデモンストレーションで商品に触れてもらうことで、より深い商品理解が図れます。興味を持っていただいた方を最終的に店舗へ送客するという構成にしています。劇場全体に多数のリアルなタッチポイントを持っていることが、シアタープロモーションの最大の強みです。
また、テレビCMではコスト的に難しい長尺CMを上映することも可能です。長尺でストーリー仕立てに構成するスクリーン広告は記憶に残りやすく、「情緒的ベネフィット」が高い印象を与えます。弊社では広告上映タイム枠の上限を設け、あまりお客様にストレスを感じさせないCM上映を心掛けています。60秒を15秒×4本の様々なジャンルのCMを見せられるより、60秒1本のストーリー仕立てのCMの方がエンターテイメント性があり、見応えがあるのではないでしょうか。
――ストーリー仕立てというと、どんなCMがありますか?
全国規模(30都道府県)で映画館があるということで、地方行政による観光プロモーションに利用されることがあります。今年は7月から約1年間の契約で福島県会津若松市の観光CMを全国で上映させていただいており、2分30秒のストーリー仕立てになっています。1地域が発信する観光PRが、北は北海道の北見から熊本まで全国のお客様にリーチできることは、クライアントにとって大きなメリットです。観光CMの上映期間中は、ロビーで特産品をスポット販売することもあります。駅のコンコースなどと違って、映像とシンクロしているので、反響はかなり大きいですね。
感動が共有できる“コミュニティ”空間へ
――今後の展開をお聞かせください
「イオンエンターテイメント」という社名が表している通り、あらゆるエンターテインメントのプラットフォームとなることが目標です。その中心が映画であることは今後も変わりません。イオンシネマが入店している施設は地域のランドマーク的な場所でもあり、お客様が日ごろご利用していただいている映画館で、映画を含む様々なエンターテインメントを楽しんでいただきたいと思っています。
映画館はいわば、“コミュニティ”空間。いろいろな人が集まって情報交換をし、感動を共有する場になることを目指していきます。
(2013年8月12日(月) 安江めぐみ)
イオンエンターテインメント株式会社
2013年7月1日、イオングループの株式会社ワーナー・マイカルとイオンシネマズ株式会社が合併して誕生した日本最大のシネコン運営会社。劇場名はイオンシネマズが運営していたイオンシネマの屋号に統一した。
イオンエンターテインメント株式会社サイト→http://www.aeoncinema.com/company/
イオンシネマサイト→http://www.aeoncinema.com/